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2008年3月30日 (日)

親御さんの交流会の開催

今日(30日)は、ハートピア京都で親御さんの交流会を開催しました。

参加は、4人のお母さん方と私の5人でした。ちょっと人数的にはさびしかったですが、いろいろな話ができ、1時から始めて3時30分ごろまで話題が尽きませんでした。

食事では、ハウスのカロリー30%オフのカレーにトマトをいれるとヘルシーでけっこうおいしいカレーができることなど。

料理教室では、何グラムではなく、大匙何杯とか家庭にあるもので作れるようにしてほしいとか。家庭ではいちいち計量しないらしいです。

また、おいしくても手の込んだ料理は、定番メニューにはなりにくいことから、シンプルなほうがよい、とか。鍋などの道具もあまり使わないで作れるようにとか。家庭では電子レンジは使ってもオーブンはあまり使わないとか、いろいろ意見が出ました。

去年の総会の外科講演を聴いてたいへんてショックだった、というような声もありました。別の方からも、一刀両断のような話でしたね、といった感想がありました。

また、遠方なので子どもさんが入院されたときの苦労話やお母さんも体調が悪く、たいへんな思いをされている方などもありました。

普段、会の行事に参加されていても、そんなに詳しくお聞きする機会がなかったので、私としてもたいへん勉強になりました。

1年に1回の機会なので、来年もぜひお母さん方にご参加いただきたいですね。

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大行動のHPが完成

「患者・家族の声を」全国大行動のHPが完成しました。http://homepage3.nifty.com/kibd/071203daikoudou/071203daikoudou1.html

この活動は、「今後の難病対策」勉強会が発展した形での実行委員会形式で、難病患者が自身の体験とそれをの越えるための対策の拡充を訴えたものです。07年12月3、4日と08年2月17、18日の2回にわたり開催されました。

そして2月18日後も、高知の山岡さんがコツコツを音声を文字に起こしていただき、実行委員の水谷さんが発言者の確認をとるという地道な作業を続けてくださったことで、当日の貴重な記録をUPすることができました。

今日は年度末に近い3月30日なので、特定疾患への新規疾患の追加を検討する有識者会議「H19年度特定疾患対策懇談会」の年度内開催はなくなりました。

今まで、最低年1回は開催していた懇談会さえ開催できないということは、厚労省の難病対策の行き詰まりが大きく露呈している結果でしょう。

この大行動の記録が多くの方々の目にとまり、難病対策拡充のための後押しになってくれることを期待したいと思います。

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2008年3月23日 (日)

総会案内の発送

今日は家で子ども2人の合同お誕生会でした。

93歳になるおばあさんもひ孫に会うことを楽しみに家に来てくれました。 すっかり体が弱ったので、車で送り迎えをしなければなりませんが、それでもまだ頭はしっかりしていて、私に会うといつも「マサルくんは元気になってよかった」と言ってくれます。私は、入退院を繰り返していたころ、一生かかってもお礼ができないぐらいおばあさんにはたいへんお世話になりました。

今日は体調がよかったみたいで、うれしそうにひ孫に話しかける姿をみていると、しばらくこのまま時間が止まってくれたらいいのになっと思いました。藤原家のみんなにとって、ほのぼのとした良い一日でした。

ようやく総0803231会の案内ができましたので、明日(24日)に発送します。

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2008年3月17日 (月)

IBDネットワーク近畿エリア交流会

0803161 昨日(3月16日)は、IBDネットワーク近畿エリア交流会が兵庫県の三宮で開催され、参加してきました。

近畿地方で活動する7患者会から16名の出席がありました。ほんとうに12年ぶりぐらいにお会いしたから初めてお会いする方、いつもお会いしている方まで、さまざまな顔ぶれでした。

交流会は、大阪IBDさんの司会で、患者会運営、難病対策、その他のテーマに1時30分から4時30分までの3時間、意見交換しました。患者会の活動では、会員にバースデイカードを送っていることが好評といった意見などがあり、当会からは、料理教室を学校(教員、学生さん)と共同で開催していることを紹介しました。また、難病対策の近況について説明しました。

患者会同士の交流について、CCJAPANのVOL.42の体験談の中で、熊本IBDの中山さんがたいへん良いことを書いておられます。以下抜粋

最後に、患者会にはお互い得意分野があります。隣県同士、お互い支え合う関係作りが今後の患者会にはとても重要なことです。会員が少なくても活動が小さくても、仲間同士が夢を語り合ってできることを楽しみながら続けることを大切にしていきたいと思います。

近畿の患者会でもこういった関係ができればいいですね。

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2008年3月 9日 (日)

京都大学医学部附属病院疾患栄養治療部のHPがリニューアル

することはいっぱいあるのですが、それはほったらかして今日(9日)はお天気がよかったので大文字山をトレッキングしました。

息子を連れ出そうと思ったのですが、友達からお誘いがあり断念、仕方ないので1人で。

お昼を食べ12時45分に家を出て山科駅の横を通り、疎水を越えて毘沙門へ、ここからが山道。標高466メートルとたいした山じゃないので1時間ほどで尾根に出て山頂へ到着。

少し下ると大文字焼の「大」の字に。ここからの市内の見晴らしはなかなかのものです。途中で、保存会の方々が斧を振り上げてまき作りをされていました。たぶん平日は仕事をしながら、休日にボランティアをされているのでしょうね。ご苦労様です。

それにしてもトレッキングブームとはいえ、50歳以上の中年男性の1人歩きが多かったです。子どもは大きくなり、カミさんにも相手にされず、しょうがないから1人で山へ?えらそうなことは言えません、自分もその一人かな?

帰りは哲学の道を歩き、永観堂の前を通って蹴上から地下鉄で。こちらは観光のアベックが多かったです。こういうところを歩くと京都らしいなっと思いますが、なぜか町に下りてからのほうが花粉症のクシャミが止らなくなりました。自分には町は合わないのか、それともアベックアレルギー症?

さて、どうでもいい前置きが長くなりました、いつもお世話になっている京都大学医学部附属病院疾患栄養治療部のHPが昨年11月にリニューアルされていました。

http://www.kuhp.kyoto-u.ac.jp/%7Eeiyou/

食生活調査や栄養計算などができるようです。

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2008年3月 7日 (金)

川田龍平さん結婚

新聞によると参議員の川田龍平さんが結婚されたようです。

97年に出版された「龍平とともに」のなかでお母さんの川田悦子氏は、書いています。

薬害エイズの被害者は幾重にも傷つけられてきた。何よりも許せないのは、人を信じることができないままに命を奪われていったことだ。そして、被害を受けながら、立ち向かっていくことができないようにされてきたのだ。だからこそ、私たちは、獲得しなければならないと思った。人は信じることができる、社会は変えることができるという確信を獲得しなければと、と。

そして、「可能性を奪われ、未来を奪われたが、人間らしく生きたい」これが、この裁判の原点だった、とも。

残念なことに、このHIV裁判の後も、ヤコブ病、肝炎と薬害問題は後を絶ちません。それでも実名を公開して裁判に挑んだ川田さん親子の功績を大きいと思います。それは、この間和解が成立したC型肝炎訴訟をみてもわかります。

私ごとですが、11年前に長男が生まれたときつけた名前が「真平」ですが、「平」という字が気に入ったのは川田龍平氏の勇気にあやかってほしいから一字を同じに、という気持ちがありました。

別に偉い人にならなくても普通でいいですが、いざというときに必要な勇気が出せるかどうか。これは大切なことだなっと思います。

ところで川田悦子さんは、薬害エイズ問題であれだけひどい目にあいながらも「人は信じることができる」と言っています。

もしかしたら人の幸、不幸は、単にお金があるなしとかではなく、人を信じられるか、信じられないか、ここが大きな分かれ目なのかもしれませんね。

昨年7月の参院選に初当選した元東京HIV訴訟の原告、川田龍平さん(32)がフリージャーナリストの堤未果さん(36)と結婚したと3日、川田龍平事務所が発表した。

 堤さんはニューヨークで証券会社勤務中の01年9月11日、米同時多発テロに遭遇。その時の経験や米の貧困の実態を描いた「報道が教えてくれない アメリカ弱者革命」(海鳴社)で06年、日本ジャーナリスト会議(JCJ)の黒田清JCJ新人賞を受賞した。

3月3日朝日

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2008年3月 4日 (火)

会誌「たんぽぽ」VOL27発送

3月2日(日)京難連事務所で、会誌「たんぽぽ」VOL27の発送作業をしました。

作業には8名のスタッフ(女6名、男2名)が従事し、予定通り完了しました。作業終了後にはお菓子とお茶で雑談するなどなごやかな雰囲気でよかったです。会員さんは明日にはお届けできると思います。

私は最近中央活動(東京での患者運動)に出る機会も多くなりましたが、やっぱり基本はこういった地域での活動ですね。これがなければ大きな活動もありません。

実は、なかなか原稿書がき進まなくて、発送作業直前の1日(土)の夜中までかかっていました。出せるなか~と焦ったのですが、なんとかなりました。

当日、作業をしながらスタッフの一人から、「日曜日は基本的仕事ですが、今日は休みの予定を入れて来ました」と言われた方があり、あ~やっぱりがんばって間に合わせてよかった、と思いました。

けど、今度からは早い目にがんばって原稿を用意しておかないといけませんね。そのほうが良いものが作れるし。けど、急場しのぎのわりにはそれなりにできている?かな。それは読んでいただいた方の判断ですね。

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